第2章 ユネスコと日本にみる異文化理解教育の理論と方法
第1節 異文化理解教育の理論(概念・目標・内容)
1 ユネスコ国際理解教育「4つの柱」(ドロール委員長報告書)
-多文化社会では、「国際理解教育」や「異文化理解教育」の取り組みが活発に行わ
れている。その教育の理念は、ユネスコの国際理解教育を基本にしている。-
その基本コンセプトは、本研究の目指している「共生のコミュニケーション」の基
本概念に最も適していると思われ、本研究では、これを「異文化理解教育」の基本
理論とする。
1996年4月刊行のユネスコ「21世紀教育国際委員会」報告書『学習:秘められた宝』のなかで、学習の「4つの柱」として「知ること」「為すこと」「共に生きること」「人間として生きること」が挙げられている。
―世界はあまりにも暴力、紛争、偏見、差別、抑圧が横行しており、「共に生き
ることを学ぶ」ことこそ今日強く求められる学習課題である―
として、ここでの「国際理解教育」の意味は、「共生」の教育として捉えられている。
Ⅰ.「共生(共に生きる)」の意味とは、
1.他者とその歴史、伝統、価値観などに対する理解
2.それに基づく相互依存の高まりの認識
3.将来起こりうるであろう危機や諸問題対する共通の分析
を基礎として、「人々が協力し、不可避な摩擦を知性と平和的な手段で解決できるような新たな精神を創造すること」であると示されている。
Ⅱ.その目標とは、
自らの民族的文化的を大切にしながら、国家や地域社会といった自らの属する共同体の生活に貢献し、やがては世界市民としての連帯意識を身につけ、人類の平和と副利貢献して行くことが「共生」のあるべき姿として教育の目標を表している。
Ⅲ.「共生(共に生きる)」教育の内容とは、
―「共生に生きることを学ぶ」具体的方途2つの提案より―
〇「他者を発見すること」(Discovering Others)
「人には人種があることを教え、それと同時に異人種間にも多くの共通点があり、
人はすべて相互に依存していることを教えるのが教育に課せられた任務の1つ
である」として、
―人と人との相互依存性について教えること、他者理解の前提としての自己発見の手助けをしてやること、他者を認め他者の立場にたって考える事ができるように教育すること、対話や討論によって他者との出会いを経験させること―
〇「共通目標のための共同作業」(Working towards common objectives)
「人々がやれば報いのある共同作業に、日常から離れ、一緒に行動すれば、他者
との差異や違いすらその行動なかに隠れ埋没してしまう。そしてこのような共
同作業が日常性をこえた新たな帰属意識を生み、他者との差異よりも共通性に
こころが向かうようになるのである」として、
―学校教育は子ども達に出来るだけ早い機会から、スポーツや文化活動、ある
いは知己期活動、恵まれない人々に対する援助や奉仕活動、お年寄りへの奉仕
活動などを通じて、共同作業ができるような十分な時間や計画を設けるべきで
ある。学校以外の社会教育やボランタリーの組織なども、学校でできないよう
な企画を考える必要があろう。―
以上、ここにみられるような「共生」への教育は、単に文化的背景を異にす
るものの間のみならず、個人的背景をことにする同一文化に属するものの間においても、他者理解ならびに自己理解のためのきわめて有効な方法である(1)。
2 日本における国際理解教育の実践
日本における国際理解教育の実践について、多田孝志の『学校における国際理解
教育―グローバルマインドを育てる』の中から、実践の取り組みについての試みを
把握する。
Ⅰ.実践の目標
(1)個の確立
①ものごとを自己の文化の枠組みからの視点で見るのではなく、相対化して多 様な見方や柔軟な考え方ができること
②先入観や固定観念を打破し、物事の本質を洞察する力を培うこと
③異文化のなかでも、主体的に生きていける自立心やたくましい意思力を培う
こと
④ものごとのよさや人々の立場や心情などを感じとれる豊かな感性を培うこと
⑤いかなる環境下でも、よき人間関係を形成でき、最良の生き方ができる環境
適応能力を身につけること
⑥自分の考えをしっかりと持ち、それを的確に伝え、対話できるコミュニケー
ション能力を育成すること
(2)高次な社会性
①地球社会の一員としての自覚をもち、世界の事象や出来事への認識を深め、地球的課題の解決に取り組む意識や行動力を養うこと
②信念をもった生き方、志の高さを持ち、また他者のそれを理解し
尊重できること
③社会的礼儀(マナー)を身につけ、良識ある社会人として行動できること
④ボランティア精神を身につけ、行動出来ること
Ⅱ.具体的な内容
(1)生物の発生と進化、人類の発達の歴史
(2)人権・人間の尊重と社会正義
(3)日本の文化・伝統・歴史など
(4)他国・他民族の文化・伝統・歴史など
(5)世界の文化の多様性と普遍性、文化の等価値性
(6)人類の共通課題の顕在化と世界各国の相互依存関係の拡大
(7)戦争・国際紛争の現実と平和のための教育
(8)国際連合等の国際機関や国際民間機関の組織と活動
①環境②人口およびエイズ③難民対応④民主化、市場経済への援助⑤女性の地
位の向上に援助の力点をおく。
(9)自然・地理・人口・産業など世界の現状
Ⅲ.国際理解教育で習得する技能
(1)異文化間コミュニケーション能力
①文化的背景を見取る能力②自己表現能力③聴解能力④討議能力
(2)情報活用能力
①情報収集能力②情報選択・整理能力③情報創造能力④情報伝達能力
(3)対人関係形成能力
①人間関係作りの技能②アサーション・トレーニング(Assertion Training)ニューカウンセリングの活用
Ⅳ.学習の構成
①人間理解のための学習
②生活生業文化に着目した学習
③世界の現実理解のための学習
④異文化間コミュニケーション能力育成
⑤地域の特性を生かした学習
⑥外国人子女・海外子女の作品を活用した学習
⑦国際交流を活用した学習
⑧感性を育む学習
第2節 異文化理解教育の学習方法(具体的なアプローチ方法)
1 ユニセフ「開発のための教育」における学習プロセス
「探求する(Exploring)」―「対応する(Responding)」―「行動する(Taking)」
3段階周期の学習プロセスで構成されている。
A.「探究」段階:学習者はテーマのついて知識と情報を収集し、分析を加
え、まとめをする。
B.「対応」段階:Aで調査した資料についての個人的な見方や、見解を構
築していく。(自分自身の問題として捉えさせることが
重要である)
C.「行動」段階:Bで構築した自分の考えや見解についての具体的行動を
模索する(できるだけ実際の行動を体験させそれを通じ
て学習者の内面的な改革を起こして行くこと重視する)
2 自学・参加・実感による学習
―国際理解教育は、知識の習得だけでなく、その素地としての資質・能力・
態度の育成を大きな目標としている―
このためには、Jerome S.Brunerが『学習についての学習』(塩田芳久訳、黎明書房、1993年)で指摘しているように、学習の内的動機を喚起し、学習意欲を高め、自らの世界を広げ、自己改革して行く喜び、他者と共に豊かな世界を創り出す楽しさを実感し、渋谷の指摘する知的能力を高める学習方法が取られなくてはならない。「自学」「参加」「実感」の学習方法が有効である(2)。
≪学習方法の基本的な考え方≫
① 学習展開の基調は「相互理解」双方向性である
② 創造し思考できる「知」を子ども達に身につけさせる学習を工夫する
③ 授業=人と人との関わり方(社会的過程)や自己の内面を構築する場面と位置付ける
④ 子ども達が自ら学び、学習に主体的に参加し、問題を解決したり、心や体で実感できる学習方法を創意工夫していく
⑤ 厳しい現実の世界でも異文化をもつ人々と共に生きていける資質・能力・態度を培う学習場面を数多く設定する
3 カリキュラムの概要(内容と評価)
「国際理解教育」のカリキュラムについて具体的な内容についての研究は殆ど
見当たらない。しかし、多田孝志は、『学校における国際理解教育』なかでカリ
キュラムの概要について次のようにまとめている。
(1)教育過程(curriculum)とは、
教育内容(教育の内的事項;児童生徒の形成・指導に関する領域、教
育目標・教育内容・教育方法など)が、「教科内容(subject matter)」の構成
と教育実践(授業)における主体と客体とを現実的に媒介する「教材(teaching
materials)通して具体化される。この教育の過程のことを教育過程(カリキ
ュラム)と述べている。
(2)カリキュラムの内容
・人間の問題(人間の生き方、人間愛、人権)
・地域社会(風土、生活様式、社会体制、生活の習慣、言語、文字、宗教)での「違い」を通して「異文化理解(人間相互、民族相互)」
・人類共通課題の認識(資源・エネルギー・食糧問題・自然環境問題・平和問題・人口問題・地域間格差解消問題)
(3)カリキュラムの基本的な段階
↓ ・教材に対する疑問や驚きから知的好奇心を高め問題
解決への意欲を持つ
↓ ・個々の疑問や問題点を明らかにする
↓ ・仮説を立てる(方策をねる)
↓ ・個人やグループで課題を調べ、また思考を深め、自分
なりの判断・考えを持つ。他者の発表を知り、自分の
思考を深める。
・新たに生じた課題追求への意欲を高める。この学習を
振り返り、自己の生き方や考えを見つめ直す
(4)国際理解教育カリキュラムの類型(参考資料①)
①総合型(各教科・道徳・特別活動・特設時間すべてを網羅する)
②教科重視型(各教化を中心として、国際理解教育をすすめる)
③教科統合型(複数以上の教科・道徳・特別活動を統合したもの)
④特設型(特設時間を設定し、カリキュラムを編成する:国際理解科という特設科目)
⑤焦点化型(コミュニケーション能力、広い視野や複眼的志向の育成など、ねらいを焦点化し達成をめざす)
⑥トピック型(人類の課題を「トピック」として取り上げ、その「サブトピック」をたて「トピック」を追究する)
(5)国際理解教育の評価の基本
従来の知識の習得、目的達成を重視した評価とは根本的に異なる。単なる知
識の習得ではなく、学習内容への関心・意欲の高まり、認識の深まりを評価す
る。
≪評価目標≫ (千葉市船橋中学校の事例)
・人間関係の大切さに気付き、人権意識の基礎は確立できたか
・生き方の違いを認め、異質なものを受容できたか
・コミュニケーション能力とユーモアの心がもてたか
・多様な民族、文化、国柄を理解し、日本人としてのアイデンティティを持ちながら地球規模で考えられたか
・人類が共存できる社会の実現をめざして行動できたか
このような生徒の人間形成にかかわる、高まり、広がり、深まりを評価すとしている。
≪教育評価の方法≫
①観察法:時間・場面・観察内容など観察用紙を作成し、評価する
②質問紙法:実態を把握するため、質問項目を設定し、事実的質問項目と意識的質問項目によって日常的な調査をする
③面接法:給食時、当番活動、学校行事の些細な会話も面接法のひとつである。教師と子どもとの信頼関係が必要。
④作文法:学習内容にかかわる文章、日記やレポートから成長の過程を読み取る。
≪教師が認識しておくべき事≫
①子どもの可能性への信頼
②子どもは多様であるという認識
4 「総合的な学習の時間」について
Ⅰ.総合的な学習の形態
(A)トピック型:地球環境・人口・食料などの現実的課題テーマを設定
し、教科の壁を越えた総合的な単元を構成する
(B)興味・関心型:子ども達が興味・関心をもつテーマを自ら定め追及
していく。
(C)教科型:単一の教科あるいは、いくつかの関連する教科の重複する
内容を抽出し、まとめて単元を構成する。
多田孝志は、国際理解教育の学習として、最も効果的と考えられる(A)によ る総合的な学習の実施するまでの手順について次のように記載している。
Ⅱ.実施の手順
ⅰ)目標の設定
①価値的なもの「地球市民としての資質・能力・態度の育成」
②知的なもの「人間理解・文化理解・世界の現実理解から導き出される内容」
③技能的なもの「異文化間コミュニケーション能力、情報活用能力、人間関係形成能力」
これらを基本に置きつつ、生徒児童の実態・学校の教育目標、教師の願いなどを総合して、めざすべき目標を設定する。
ⅱ)学習課題の設定
「地球環境・食料問題・国際紛争・社会主義・人権・南北格差・エイ
ズ・国際ボランティア活動・国際協力・地域の国際化など」
ⅲ)教材開発
・教科書以外の資料として「新聞・雑誌の記事、視聴覚教材・文献な
ど」教材開発をすすめる
①子ども達が実感を持って思考を深めることのできる教材
②子どもが興味・関心を持って取り組める教材
③子どもの視野の広がり、思考の深まりが期待できる教材
≪教材の種類≫(参考資料②)
【読み物資料】:【実物資料】:【視聴覚資料】:【統計資料・地図他】:
【自然・風土】:【その他】地域の人材・国際ボランティア体験者・
ODA・NGO関係者・市民団体・帰国教師・
留学生・外国人などの体験や意見を活用
ⅳ)学習プランの検討
・学習の形態(問題解決型・討議型・発表・報告型など)や学習時間、
教師の関わり方、学習の場などを検討し、学習プランを作成する
ⅴ)学習活動の実施
・実際に学習を行い、活動の流れを見取り、子ども達の学習への取り
組みの様子を観察する。
ⅵ)考察と課題の明確化
・学習活動について考察し、今後解決していかねばならない課題を明
確にしていくことが必要である。
ここまで私は、第1章、第2章において「異文化理解教育の歴史と政策」、「ユネスコと日本にみる異文化理解教育の理論と方法」についてそれぞれ述べてきたが、第3章、第4章では、第1章、第2章を踏まえた上での私の提案を述べたいと考える。
第3章では「異文化理解教育の実践の視点」を、第4章では「異文化理解教育のカリキュラム開発とその実践」を通して「異文化理解教育」での有効的かつ具体的なカリキュラム開発によって児童生徒のコミュニケーション能力の育成を目指したいと考える。
注
(1)天野正治「多文化社会における『共生』への教育」 天野正治・村田翼夫 編著『多文化共生社会の教育』玉川大学出版部2001.10 p80
嶺井明子「国際理解教育―戦後の展開と今日的課題」 天野正治・村井翼夫、同上 p103
(2)多田孝志『学校における国際理解教育―グローバルマインドを育てる―』東洋館出版 1997.12 pp79‐81
(参考資料①:第2章 第2節3カリキュラムの概要)
―国際理解教育の実践の型―
Ⅰ.学習教材(資料)による型
(a)地域特性活用型:地域の文化財、人材、自然などの活用
(b)教科書活用型
(c) 児童・生徒作品活用型:同世代の帰国子女や外国人の作品を活用し、共感をもって思考を深めさせる
(d)国際交流活用型:国際交流の機会を活用して、国際性の伸長を図る*
(e) 家庭・関係諸団体との連携型:PTA・市民団体と連携して幅広い視野での学習を進める
(f) 情報機器活用型:パソコン通信、インターネットを活用して、世界の動向をつかみそれを教材に学習する
(g)その他
Ⅱ.学習目的・内容による型
(a)人間理解型:生命・人権の尊厳、自他の人間理解などに関する学習
(b)文化理解型:自文化理解・異文化理解・文化の多様性・普遍性・等価値性に関する学習
(c) 世界の現実理解型:世界の相互依存性の拡大・地球的課題・平和維持機構・国際機関などに関する学習
(d)技能習得型:異文化間コミュニケーション能力、情報活用能力・人間形成能力の習得の学習*
(e) 感性育成型:物事の美しさ、善さ、人々の思いや考えなどを鋭敏(えいびん)に感じ取る感性を育てる学習
Ⅲ.各教科・道徳・特別活動との関連による型
(a)国際理解教育中心型:授業そのものが国際理解教育の目的達成を主である
(b)併存型:国際理解教育のねらいと教科のねらいが併存している
(c) 部分挿入型:各教科・道徳・特活の学習の一部に国際理解教育の視点を加える
(d)添加型:各教科・道徳・特活の学習に国際理解教育にかかわる事項を添加する
(e) 素地形成型:各教科・道徳・特活の学習そのものが、国際性の素地となっている
(f) 混合型:複数の型が混同している
この他、問題解決型・討議型・体験的学習型など学習形態による分類もある。
(参考資料②:第2章 第2節4「総合的な学習の時間」について)
―教材の種類と収集方法―
≪教材の種類≫
【読み物資料】
①国際理解教育の実践に応用できるもの(省略)
②報道記録(省略)
③海外子女の作品
④その他
【実物資料】外国の遊び道具・外国の切手・紙幣やコイン・衣装・
食物・化石・標本・楽器・食器・貴石・装飾品・祭事
用具 その他
【視聴覚資料】
・VTRに関する資料(世界各国の自国紹介VTR、ビデ
オレター、NHKの特集など)
・パソコンソフト
・スライド
・写真
・CD
・録音テープ(インタビュー)子ども自身の取材活用
・世界民族音楽体系
・ユネスコ「世界の寺子屋運動」他
・テレビ・ラジオ番組 他
【統計資料・地図他】
・地球儀・地図
・年鑑・現代用語などについての知識・情報誌・統計
資料
【自然・風土】景色・気候など
【その他】地域の人材・国際ボランティア体験者・ODA・NGO関係
者・市民団体・帰国教師・留学生・外国人などの体験や
意見を活用
≪教材の収集方法≫
① 地域の教材「地域の自然・風土・産業・地形・民話・童歌・歴史・伝統芸能・気質・生活習慣・さまざまな体験をもつ人々な
どから収集など」
② 図書館・研究所「国立研究所・国立国会図書館・東京芸術大学海外子女教育センターなど」
③ 公的機関など「ユニセフ・ユネスコ・国際協力事業団・青年海外協力隊・海外子女教育振興団体などの資料など」
④ 教育関係団体・「民間団体などの学会(日本国際理解教育学会など)・ NGO諸団体・教育団体(全国海外子女教育・国際理解
教育)研究協議会など」