おわりに
私は、これまで「異文化理解教育とコミュニケーション能力」について述べたが、以下その概要をまとめ、最後にその中で残された課題を記し、むすびとしたい。
はじめに、本研究の目的は、児童生徒の「コミュニケーション能力」を育成するために異文化理解を通して、「異文化理解教育」の実践の場での「コミュニケーション能力育成」を図ることを目指し,そのための具体的なカリキュラム開発と実践向上に努めることにある。しかし,文化的多元社会における生活面での変化やグローバル化,コミュニケーションスタイルの変化、日本人のコミュニケーションの文化的土壌、教育政策の諸問題など、考慮すべきことは多岐にわたるので、「異文化理解教育」の実情を理解することは非常に困難であることを認識した。
そこで、私は日本での「異文化理解教育」の取り組みを把握するために、まず異文化理解教育の現状とその背景を押え、次いで、「異文化理解教育」の概念を明らかにし、「コミュニケーション能力」育成がなぜ異文化理解にとって重要なのかを説き、そのためには教育実践が必要であるとの考えに至った。実践において、「異文化理解教育」について教師の認識を高めると共に、人間としての繋がりを基本とした「共生のためのコミュニケーション能力」を育成することで「異文化理解教育」での“国際人の素地”を育てる教育の実現を目指し、公立小学校・中学校の児童生徒が「総合学習の時間」を活用して、自由に表現する場やコミュニケーションについて充分に学ぶ機会を与えられるようになることは重要な意義があると考えたからである。
第一章では、主として現代日本での「国際理解・異文化理解教育」の研究の流れと教育政策および歴史を考察し、教育現場の実践における問題点を明確にした。それは日本に適したカリキュラム開発にとって何が必要な要素となり得るのかを考えるためである。
日本政府は、国際化に対応するための人材づくりとして「国際理解教育」の充実に取り組み始めた。①異文化の人々と共に生きていく資質能力の育成②日本人及び個人としての自己の確立③コミュニケーション能力の育成を目標として学校現場での実施が推進されている。しかし、その実践は非常に遅れているという。
そこで私は、「国際理解教育」の“国際人の素地”を育成する視点での「コミュニケーション能力」育成が必要であると考え、「総合的な学習の時間(知識+体験)」を活用した異文化体験型学習の実践を目指すこととし、本来の「国際理解教育」の基本方針に即した実践的な「コミュニケーション能力」育成に役立つカリキュラムである「英語圏の人種・文化に限らず、多文化の世界を体験し理解することや自己表現能力」の育成を目的とした実践計画の必要性を指摘した。
第二章では、本研究の「異文化理解教育」における「コミュニケーション能力」育成の展望と、本研究の実践の方向性を明確にするため、カリキュラムの「柱」である「異文化理解教育」の概念や概要、カリキュラム開発(実践における概要と学習方法)について調べ、本研究でのカリキュラムの基本となる理論と方法について提示した。主にユネスコの「国際理解教育の理論」(共生の教育)とユニセフの学習プログラム、日本の「総合的な学習の時間」での学習方法の取り組みを基本として引用した。
第三章では、私は「コミュニケーション能力」の育成を図るために本研究での実践の視点を次のように位置づけた。「自国の文化を大切にしながら同時に、異文化をも認め合い、相手の立場に立って考える能力として、対話や討論によって他者との出会いを経験し、共同作業によって人としての共通性に心を傾ける姿勢や態度」が必要であるとする視点である。それを明確にするためには、具体的な学習方法を確立する上で重要となる先行研究を踏まえながら、教育現場の取り組と子ども達の実態をリサーチした。そして、本研究での実践の課題をいくつか挙げた。
実践の課題としては、
①子どものイメージ「外国人=英語圏」の転換
②自己表現力とコミュニケーションの意味や目的を学ぶ授業計画の作成
③内容と具体的な学習方法の工夫(外国人留学生やスタッフによる体験授業)
④英語圏を含めた多文化のコミュニケーション授業計画
⑤評価として態度・姿勢面の把握に努める(アンケート、インタビュー、小作文の実施)
⑥学校に即した計画と子どもの学びの経過に合わせた実践、教師の支援についての検討を行うこととした。
第四章では、公立小・中学校における「総合的な学習の時間」の具体的なカリキュラムの提示と、授業計画の作成(主として小学校5年生を対象)を行ない、その実践についてまとめた。テーマは『2002年 日韓ワールドカップサッカー「国と国を越えた交流について」‐世界を繋ぐコミュニケーションを学ぼう!‐』として、第1ステップから第3ステップまでの授業計画を「課題学習(コミュニケーションの価値と知識・技能)」と交流体験(人間としての“共通性”に目を向ける精神の育成)」を組み合わせたものとし、子どもの自己表現能力と外国人との交流によるコミュニケーションの学びの実践を行った。
今後の授業計画の課題として、実践と評価面では時間に十分ゆとりを取り、児童生徒が自主的に学ぶ機会を与えることができるよう工夫し、指導者側の支援面での体制を事前ミーティングなどにより準備することや、時間をかけて子どもの反応やつぶやき、またインタビューやアンケートの実施を通して充分な把握を行うことが必要であるとした。
最後に、ここまでの研究を通して、私は本研究で成果があったと思われる点と不充分であった点を列挙し、今後の課題としてまとめてみた。
(1)本研究で成果があったと思われる点は、次の通りである。
② 北川副小学校5年生の児童たちに「総合的な学習の時間」授業で、コミュニケーションの意味とその目的を考えることや学ぶ楽しさを体験する場所を提供できたこと。
③ 子どもたちの外国人に対するイメージを英語圏から多文化世界へ、変える機会を作ることで、児童の反応やつぶやきによる観察から英語圏でない異文化に対する興味や関心を引き出すことができたと思われること。
④ 子どもたちが自己表現方法を自分で考え、外国人留学生との交流の中から、自分
の表現能力引き出し、アピールすることの難しさや自分のメッセージの意味や 目的について考えられたこと。
⑤ 子どもたちの反応やつぶやきの中には、異文化に対して積極的に学ぼうという姿勢や異文化のことについて受け入れようとする姿勢が場面、場面で見られ、そのような能力を持っていることが発見できたこと。
⑥ 実践の最後では、コミュニケーションの意味や目的を考えるなかで自分の夢を語
った子どもたちがいた。その姿から、今後のカリキュラムの実践を次に繋げる希望が持てたこと。
⑦ 学校現場の実践では、教師の理解を得ることができ「コミュニケーション能力」育成の必要性が認識してもらたことや、授業中の協力が得られたことである。
(2)不充分であったと思われる点は、次の通りである。
① まず、今回の研究では、「異文化理解教育」と「異文化間コミュニケーション」 の独自のカリキュラム作成に大変な時間を費やしてしまい、実践の時間が充分に取れず、授業が1回だけの実践で終ってしまった。このカリキュラムでの異文化理解が深められたというデータが非常に少なかったこと。
② また、子どもたちの学びの時間を充分に取る事が出来ず、子どもの学びの力を充分に引き出すというところまでは行かず、もっとゆっくりとしたペースで行うことが必要であったこと。
③ 授業の場面によって、学びの誘導での支援の方法で、戸惑う場面があった。これに対しては、この点を教師と検討しながら、子どもたち一人一人の理解度の把握が必要であった。反省として、授業前後や授業中にもアンケートやインタヴュー、小作文などを活用して、子どもの学びの状態を把握し教師と協力して授業を進めて行く必要があったと考える。
④ 教材選択について、情報機器の活用や、地域の設備や人材を活用するような場面
を設けたりするなど、学びの場を広げた展開を行うところが「コミュニケーショ
ン育成」に重要とされていることから、子どもたちに分かりやすい教材のサンプ
ルを検討する必要があると気づいた。
⑤ 「異文化理解教育」での「コミュニケーション能力育成」は充分な時間を使って繰り返し実行され、1人1人の子どもの成長を観察しながら続けて行く性質上、長い経過を通しての評価は実践できなかった。この点に関しては、今後の研究を続けて行きながら実践して行きたいと考えている。
(3)今後の課題として、
① まず、各場面での教師の支援や導きが大変重要であるため、授業前の段階で教師の支援について充分な話し合いを行ない、教師側の充分な準備体制を整える必要があると感じている。そのため、支援面での検討内容を挙げると,
a.自分なりの自己表現力を引き出すにはどうすればいいのか
b.相手を理解するためどのような方法(イマジネーション)があるのか
c.人間の共通性についての精神を育成するためには、どのような働き掛けや導きが必要であるか
d.「コミュニケーション能力」の目的意識を持たせるためにはどのような働き掛けや導きが必要か(分かりやすい教材選択や指導方法)
e.日本語や英語以外の視点をどのように導き意識を広げられるのかなどの支援内容について話し合いが必要であると考える。
② 自分なりの考え方を表現方法することをあまり経験していない児童のために、課題学習の学習時間を多く活用し、繰り返し行って行くという学習プロセスが必要である。また、多文化の人たちによる交流体験を増やし、体験により何かを学んでいくという学習プロセスに重点をおいた実践を行うことが大切であるとした。
③ この授業での児童の気持ちや学びの理解度や疑問などについて具体的に把握するための、アンケートやインタヴュー小作文などによる児童の学びの成長を把握できる観察方法の工夫。一人ひとりの子どもたちの学びを充分支援するために、児童の興味関心により柔軟に授業計画を調整し、教師の協力体制や授業時間の変更など、子どもの学ぶ速度や視点に合わせて柔軟に対応できるよう考慮することなどが必要であると考える。
④ 学校内外の図書館やインターネットなどの活用や地域色のある教材を用意することで興味・関心を引出し、分かりやすく異文化を理解できるような教材や内容の工夫や検討を重ねることや、子どもたちが交流体験学習で協同作業をしたり、積極的にコミュニケーションできるような場面を展開して(目的意識と知識、技能の獲得)繰り返し行った結果を評価し、この実践の有効性を具体的に示す必要があると考えている。
最後に私は、今後に残された課題を明らかにするために「異文化理解教育」での「コ
ミュケーション能力育成」の研究を引き続き行ない、国際人の育成上、必要とされる「共
生の精神」を持った子どもたちの育成に努めたいと考えている。
なお、この研究を行うにあたって、ご指導いただきました先生方や本研究で関わった公立小学校、公立中学校の関係者(先生方を含む)並びに子どもたちにご協力いただき、誠に有難うございました。お礼を申し上げます。