節 日本における異文化理解教育研究の歩み
1 ユネスコ協同学校事業への参加(初期:1953‐1974平和教育の取り組み)
1951ユネスコ協同学校授業への参加により、異文化理解教育の研究が開始さ
れた。国際理解教育の取り組みはユネスコの取り組み(1946)を契機にして世界で研究されている。当時、二度と悲惨な戦争が起こらないように「国際理解のための教育」を推進するため「人権の研究」「他国の研究」「国際連合と専門機関の研究」という3つの柱が設定された。初期には、「人権の研究」が多く、1960年前後には、他国・他民族の理解が増加するなど時期的に変化が見られる。60年代後半には、国際協力をはじめ、公害、環境、資源などのテーマの取り組みも見られる(国連に関連した研究は日本では少なかった。)この研究は、実験的色彩が強く、学校全体の取り組みまでは行なわれなかった。
ユネスコの協同学校の活動は、1960年代末転換期を迎え、70年代には停滞期にはいる。原因は、日本ユネスコ国内委員会が、1968年をもって協同学校事業から手を引き、1974年6月に文部省の機構改革により事務局自体が廃止されたことによる。
2 海外帰国子女の教育がスタート(転換期:1974‐1980海外・帰国子女研究)
1980年代の大きな特徴として、海外・帰国子女教育に関する調査の量の多さと実施主体の多様性を指摘できる。総合実態調査が海外・帰国子女教育に対する社会的な合意形成に大きな役割を果たした。1980年代の海外・帰国子女教育は、1970年代の研究の延長線上に展開され、最も充実した時期である。帰国した子どもの増加に対応し、1983年に「帰国子女受け入れ推進地域」を指定し「点から面への受け入れ」を開始するようになったその影には、海外・帰国子女教育の調査研究の取り組みがあった。
≪参考≫
-異文化理解研究(転換期)での国際理解教育の位置付け-
〇1985.6.26.臨教審第1次答申「改革の基本的な考え方」で「国際化時代を迎
え、国際化という視点に立って教育の改革を図る事は、我が国の存立と発展にかかわる重要な問題である」として、教育における「国際化」を全面的に意識し、教育における国際理解教育への対応の意思が示された。
〇1987.4.1. 臨教審第3次答申「国際化への対応」の一環として「国際理解教育のための教育」では、「異なるものに対し、関心を持ち、理解し、これを受け入れ、相互の交流を深めて行く事は、日本の社会にとってもっとも重要な課題である。日本の学校は、どの学校においても引揚者子女を含む帰国子女や外国人子女を受け入れ、共に学んで行くことを基本として、開かれた存在を目指すべき」であると主張。
〇1989.学習指導要領が「国際理解を深め、我が国の文化と伝統を尊重する態度の育成を重視すること」を述べたことから地方教育委員会が国際理解養育の振興と受けとめ、手引きの作成、研修の実施など教育現場への浸透に努めた。
3 国際社会に対応する“人”造り (新段階:1996‐2000教育的課題への研究)
これまで日本では国際理解という独立した教科や領域がないため、どの教科のどの単元で実践するかについて、各教科や領域の学習目標と国際理解教育の目標の重ねやすい個所を工夫するなどして実践応用の研究を展開してきた。実践状況の把握と分析も進められ、これまでの蓄積を生かしつつ、より豊かな国際理解・異文化理解教育の実践を展開するための研究が進められている。
≪参考≫
-異文化理解研究(新段階)での国際理解教育の内容とその方向性-
〇1996.7.19.中教審第1次答申第3章「国際化と教育」は、国際理解・異文化
理解教育の内容を論じ充実の方向性を示した。(国際理解教育の充実、外国語
教育の改善、海外子女教育・帰国子女・外国人子女の教育の改善・充実を3
項目にわけ論じている。)
〇1998.教育課程審議会答申は、第一に「豊かな人間性や社会性、国際社会に生きる日本人としての自覚を育成すること」を挙げた。
〇1999.学習指導要領(2002から実施)では、「総合的な学習の時間」が新設され、ここで国際理解、情報、環境、福祉、健康などの横断的・総合的な課題を学習すると例示している。
4 共生教育の課題(一般児童に対する実践的な教育の取り組み)
この分野での今後の課題は、広い視野で教育の諸問題(海外帰国子女教育・在日韓国人教育・外国人子女教育・留学生支援など)に柔軟に対応するための学校現場の改革「異文化・異言語に開かれた学校」を目指すための教育体制の研究と、教師の資質面での課題や教育プログラムや学習方法の具体的な実践面の研究が待たれている(1)。
また、異文化間のコミュニケーション学では、文化的多元社会でのコミュニ
ケーション能力育成の視点での、日本人のコミュニケーションの特徴とその独
自のコミュニケーションスタイルを尊重し、マイノリティの文化をも尊重しな
がら、国際化の視点を持つという、コミュニケーション能力育成の具体的な実
践面での研究へと向かっている。英語以外の国の言葉や文化を尊重し、人とし
ての普遍性を重視し、自分の頭で考え、相手を理解しようという「人」の育成の視点での実践面が課題であるといわれる。異文化コミュニケ-ションの理論面での視点から育成の実践・応用面での研究に移行している。
第3節 教育政策にみる異文化理解教育とその問題点
広い視野を持ち、異文化を理解すると共に、これを尊重する態度や異なる文化を持った人々と共に生きていく資質や育成を図ること
(中教審第1次答申1996)
|
つまり、「自己の確立」と「共に生きる」ことを国際理解・異文化理解教育教育のコンセプトとしている。
豊かな人間性や社会性、国際社会に生きる、日本人としての自覚を育成すること
(教育過程審議会答申1998)
|
として、国際理解教育の具体的な課題を、国際理解教育の充実、外国語教育の改善、海外子女・帰国子女・外国人子女の教育の改善・充実、と3項目に分けて論じている。
2 学校教育での国際理解教育の実践
(Ⅰ)異文化理解教育の目標
① 異文化の人びとと共にいきて行く資質能力の育成(共生)
② 日本人および個人としての自己の確立(自己のアイデンティティの確立)
③ コミュニケーション能力の育成
(Ⅱ)学習内容と方法
① 国際理解教育の構成
「文化理解・国際交流・環境・開発・人権・平和・異文化共生」
② 研究主題
〇児童・生徒の国際性、国際感覚、資質の向上を意識したもの
〇児童・生徒の視野を広げようとするもの
〇他者理解のもの
〇帰国児童・生徒、外国人児童・生徒との関係を意識したもの
③ 実践されている教科・領域・学年
・小学校では、社会、特別活動、生活、国語、道徳の順に多い。(単独の教科
での実践で、合科型の展開では、特別活動、国語、社会が中心的な構成教
科領域となっており「総合学習型」や「相互乗り入れ型」は少ない。)
小学校1、2年生では、生活科が断然多い。
小学校5、6年生では、社会科で実践されている。
・中学校の場合は、受験との関係もあり国際理解教育は実践されにくい実態があると指摘されている。
④ 学習内容・学習スタイル
◎実践のキーワード:「文化理解」「表現力」「国際交流」「共生」「地球課
題」
「文化理解」は、小・中学校の教科学習のなかで実践されている
文化理解と国際交流をセットにした実践が多い(特別活動)。
◎学習スタイル:体験学習、話し合い討論、問題発見調査研究、協同学習
といったスタイルが多い。知識習得型の事例は少なかった。
・小学校低学年は、活動計画は交流活動の実施や直接・間接の体験を通した学習中心で、自ら活動する事が学習として計画されている。
・小学校中学年は、体験学習に調査学習が加わっている。
・小学校高学年は、さらに問題発見の学習や話し合い・討論をへて問題解決の学習へと展開している。道徳では、話し合い討論が多い。
⑤目標・内容・方法のつながり
(ア)文化理解・国際交流・表現力=体験学習型・問題発見調査型「調
べ学習」
(イ)地球課題・環境・開発=問題提起型・問題発見調査研究
(ウ)人権・平和・異文化共生=話し合い討論型
―このようなグループにつながりの実践が行われている―
以上、これらの現状では、各教科や領域の枠の中で実践されており、「総合的
な学習の時間」に展開されている事例はまだ少ないことがわかる。各学校がどのようにこの時間を使い、21世紀の多文化社会に生きる子どもを育てていくかが大きな課題である。国際理解は、情報や環境、福祉・健康と並んで例示されているにすぎないから、国際理解教育を実践しない学校も出てくる余地がある。
今後、そのことが心配されている(2)。
⑥「総合的な学習の時間」(1999.学習指導要領(2002年4月実施)
小学校3・4年は年間105時間、5・6年は年間110時間。中学校では、年
間70から130時間。ここで、国際理解・情報・環境・福祉・健康などの横断的・
総合的な課題を学習すると例示している。その評価は、「テストの成績によって
数値的に評価することは適切ではない」(小学校学習指導要領解説 総則編
1999年5月文部省)となっている。総合的な学習の時間は試行され始めたばか
りである。
3 国際人としてのコミュニケーション能力の育成
国際社会において、相手の立場を尊重しつつ、自分の考えや意思を表現できる基礎的な力を育成する観点から、外国語能力の基礎や表現力などのコミュニケーション能力の育成を図ること-
(1996.7.19中教審第1次答申第3章「国際化と教育」)
|
として、教育過程の改善の基本方針にしている。
新学習指導要領の外国語(英語)の目標は、
外国語を理解し、外国語で表現する基本的な能力を養い、外国語で積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度を育てるとともに、言語や文化に対する関心を深め、国際理解教育の基礎を培う
|
として、「言語」学習に終わらず、「社会」や「文化」などに目を向け、外国のことだけではなく、自国のことを理解し、外国の人びとに伝え理解してもらう「国際理解」の基礎を培うことを目標としている。
実際に、小学校では、国際理解に関する学習の一環として英語教育を進め、中学校及び高等学校では、外国語教育(英語)の教科では、中学校の言語活動が4領域のなかで特に「聞くこと」「話すこと」に力を入れられ、高校では、オーラルコミュニケーションA・B・Cの科目が新設され、外国語でのコミュニケーション力の育成を目指している。また、ALTの増員をはかり、バックアップ体制の充実をも同時に行っている。このように、外国語教育での基本的な知識・技能の習得が行われる。
しかしその一方で、国家や民族を越えた人と人との交流、世界の人びととの心の触れ合いを深めるという国際理解・異文化理解教育での基本的な視点に立ったコミュニケーション能力の育成や積極性を育てる学習はどうなっているのだろうか。その実践の事例は極めて少ないという。日本における国際理解・異文化理解教育には、共生教育における実践面での取り組みが不足していると指摘されている(3)。
そこで、異文化理解教育の中心である、共生の学習とコミュニケーション能力の育成という視点からの取り組みが必要であると考察する。異文化理解教育では、共生教育とコミュニケーション能力の育成が同時に行われることが重要であり、それが、相互に作用して異文化理解教育をより有効なものにできると思われる。
そして、そのメインとなるのはカリキュラムであり、学習スタイルではないかと思う。異文化間のコミュニケーションには、異文化との接触や体験が非常に重要となるが、それは同時に自国との接触・体験である。そのためには、「総合的な学習の時間」を活用した、体験型授業の実践が必要になる。そしてカリキュラムテーマは、目的意識をはっきりともった内容にすることが重要である。つまり、「共生のためのコミュニケーション」として児童生徒の目的にあったコミュニケーション能力育成の実践を行うことが最も有効であると考える。
また、カリキュラム作成については、児童生徒の成長に合わせた点を考慮し、小・中学校の指導計画書や内容と大きく外れないように配慮する必要がある。学校の各教科や総合的なカリキュラムを視野入れ、柔軟に対応できるカリキュラムにすることが必要であると考える。また、教材や人材についても積極的にコミュニケーションができるように適切な選択を行ない「国際体験学習」がより有効に行えるような環境を準備する必要があるだろう。
注
(1)嶺井明子「国際理解教育―戦後の展開と今日的課題」 天野正治・村田翼夫 編著『多文化共生社会の教育』玉川大学出版部2001.10
pp99‐103
(2)同上書 pp97‐99
(3)同上書 pp102‐103